記号化について(芸術の価値)

おはようございます。

こうして、SNSを離れてみるとわざわざリンクを辿って見に来て下さる数は、当然だが少なく、さみしい思いもあるが、開放感もある。
しっかり考えて投稿していくことが、皆に読まれるからではなくて読んで貰うために必要である。
以前なら、チーズの話題でも投稿してその反応に一喜していたが、今のところここではもうその喜び方はできない。

僕は元来、楽しい人間ではない。

楽しむことは好きであり、楽しませることも好きであるが、幾つかの環境的、生来的原因が重なって、変化することを自分に求めて来た。
となると当然、価値観の見直しなども常に行なわれる。

究極的な、普遍的な価値のあることに辿り着くのを目標として入れ替えが行なわれていくと、ある時共有出来た価値も、別のタイミングでは価値ないものになってしまうということがあって、ひとから一見すると若さ故の移り気に依るものと、若い時は正に見分けることが出来なかったであろう。

これでは折角楽しいと思って貰ってもお付き合いが続かない。

今は歳をとって、
価値観の入れ替えも、頑張っていてもなかなかそう頻繁には行われない。
今から僕と友達になると、そう簡単に離れることはないですよ、というキャンペーンを来年度行ってもいいと思う。

価値観の見直し、これは人間の成長にとって必然だと、僕は考えて来たが、
他人は意外にもそうでないことが多い。

自分を曲げない。頑固。話を聞かないというより、聞けない。議論を避ける。
言わなくてもわかってもらえると思っている、無視する、
謝らない、逆に謝ってばかり居る等、

そういう行動を取る人が多勢居るのか目に付くだけなのかわからないが、
自分の筋が通っていると考えていらっしゃる。だからそういう行動にでる。
馬鹿よ貴方は。これは漫才グループか。(自分がそれに当てはまる可能性があることは承知していて、それ故に僕は勉強と議論を遠ざけません)

そういう方に共通する欠落がある。ここが今回のテーマである。

それは『アートリテラシー』である。

何がアートかわかっていて、その価値を体感出来る能力、とでも言えばいいだろうか。
少なくとも、ケニージーがどうとか、いうことではない。

偶然か必然か、以前読んだ芸術学という真面目な本にあった、芸術とは、には、『生まれ変わること』とあった。

価値観の入れ替えには、非常な痛みが伴う。
今までの自分を、批判精神で見つめて、ある部分は否定しなければならない。そしてそれは死ぬまで繰り返さなければいけない。今までの自分に勝つことと、今までの自分が負けることが、互いの快感と不快感を相殺するならなんの障害もないが、それらは相殺されない。

その、負けを認める壁を乗り越えて、価値観を入れ替えるとき人は、まさに生まれ変わるわけである。

このシステムを是として生きて居ることを価値の一つとしているかどうかが、アートリテラシーを持つかどうかの一つの判断材料になる。

常にその国の与党に対抗する意識も、起源はおなじである。
古典芸能が色褪せる理由も起源は同じである。
大人が面白くないのも、オリンピックの魅力も、起源は同じである。
それぞれの起源とは新陳代謝である。

しかし、昔のオリンピックの記録映像が興味深いとは思えないのに対して、今残っているアートに宿る、消えざる魅力とは、、それは生まれ変わる瞬間を、記録出来ている証である。新陳代謝を記号化できて、記録する、故にアートとなる。
オリンピックの、生の新陳代謝は、アートにならない。
新陳代謝を記号化することがアートの必然であり、記号化と形骸化を取り違えるのが権力の特徴である。

既存を、否定するにはそれなりの理解が必要で、単純に否定するのは意味が違う。そんな幼稚な話ではない。

書き忘れていたので付け足すと
情操教育の一環として、芸術全般を小さい頃から学ぶが、
芸術の価値は、ここにあり、この新陳代謝の記号化を体得することが、人間としての成長を自動化する一つのIC、集積回路となる。
そして、それを本格的に勧めると実は国民は本当に大人になるので、権力としては都合が悪い。
是非とも、国に教えて貰う芸術は裏切って、子供を育ててください。
そして、人を裏切るのでなく、過去を裏切ることの楽しさを教えてください。

かくして、記号は隠喩となる。
人は論理には抵抗しがちだが記号には抵抗しない。
この隠喩が、抵抗なく人を、社会を、改善する一つの方法である。
そのために芸術はあるのである。バーン!ズゴゴゴ!(ジョジョ立ちにて)

こんなことばかりを考えて生きてる僕が、楽しい人間であるために、必要なことは何か。それは、もっと考えること、かと思う。

ああ、しまった。今日の趣旨はアートリテラシーだけれど、
動機は、ここに載せてる僕の小説の感想を聞かせて下さった方がいて、
やってて良かったと思えたことです。

ああいう世界観を音楽に持ち込もうとしています。
無理か?!(笑)

読んで頂けた方がいらっしゃればよければ感想を聞かせてください。
難しい、とか、文章がわかりにくいとか、それはもう了解してますのでそれ以外であればありがたいです。