『手紙』

とある青い街の薄暗い路地を抜けて
砂漠を越えた先の
広くて誰も来ないような
野原と森とを何度もくぐり抜けた所にある
しずかな湖のほとりで

生活に必要なだけの量の食料を育み
山の音と湖の天気と獣達の生死からすべてを学び
未来の人のために週に一度手紙を出し
仕事のない時は口笛を吹いて過ごす

そんな人が昔居たと
少年はおじいさんからききました

その湖をみたくて
その場所が今でも本当にあるような気がして
ある日その場所 その人に会いたくて
少年は 旅に出ることに決めました

随分歩いて
赤い屋根の街に来た少年は
物知りで口笛の上手な青年と出会い
仲良くなりました

青年は 少年の純粋な目に惹かれ
少年は 青年の活き活きとした生活に憧れて
二人は互いのことが大好きでした

いつも一緒に街を歩いて
少年は青年から 今まで必要だと思わなかった沢山の無駄なことの
面白さを教わりました
少年は 煙草を吸い ナイフを持ちました
夜と昼の違いと 色々な店の裏口からはいることを教わりました

ある時 少年は 青年が自分でやったことについて
やってないと嘘をついたことに気づきましたが
青年を信じて知らないふりをしました
自分にも話してくれないことがあるはずはないと
会うたびに こっそり話をしてくれる時がくるのを待ちました

それから青年としばらく会えない日が続き
青年は死んだといううわさをきいた頃
少年は街を出ました

それから少年は随分歩いて
青年の死を思い出すことがいつやら減り
ふと気付くと 大きな木々の立ち並ぶ
緑の多い街に来ていました
少年は 口笛を吹きながら 木々を眺めて
なんだかいい気分になりました

そこを通りかかった未亡人に
今晩の宿を聞かれた少年は本当の事を話すと
未亡人は優しくほほえんで
うちへおいでなさいと静かに言うと 山の方へ歩き出し
少年はそれについてゆきました

山の麓の 小さな家では
久しぶりの来客だといいながら
嬉しそうに料理をつくる未亡人をみて
少年は 自分が良いことをしてるのだと思いました
少年は美味しい料理と少し飲めるようになったぶどう酒をもらって
これまでの疲れを忘れるほど幸せでした
少年は主の居なくなった部屋を借りて しばらくいる間に
ずっとそこに居てもいいと思うようになりました

未亡人は毎晩 静かに そして楽しそうに 美味しい料理を作ってくれました
少年は 料理などで使うまきをとりに 山へでかけ
その山であったことを 夜の食事で話すと
未亡人は それは なんという鳥の鳴き声だとか
その雲が出ると雨が降るから早めに帰るといいこととか
ある目立った岩場の向こうで見た獣のことを、そして
その大きい獣と闘った勇敢な夫のことを話ました

未亡人は 楽しそうに 静かに話をしながら
しかしそれ以上何かを言わずに
人の話を聞くことで 話したいそぶりを
知られないようにする癖があることを
少年は知りました

数ヶ月たったある日
麓の小さな家の 未亡人のところに
緑の街から 官吏がやってきました

官吏は未亡人を呼び出すと
強い声で未亡人にこう言いました

この家は 死んだお前の夫が残した家だから
お前はこの家を出て行かなくてはいけない
それが嫌なら街長の妻の一人になること

そう言いつけると官吏は
固ぐるしい歩き方で街に帰って行きました

未亡人はその夜 いつも通り静かに料理をつくると
その夜は あまり 昔の思い出のことも話さず
すぐに休みました

少年はその夜 どうしたらいいのかわからず
寝ることもできずにいると
未亡人が部屋に入ってきて 少年には大きすぎるベッドに
するりと入り込んできました
少年は未亡人がずっと起きている気がして
しばらく息を止めたりして 様子を伺ったあと
そっと顔をのぞき込むと
未亡人は やっぱり静かに 泣いていました

次の朝 未亡人は
仕方が無いから 街長の所に行くと少年に告げました
少年は 行くなとも 一緒に行こうとも言えず
荷造りを始めた未亡人をみながら 立ったり座ったりしていました
そして少年は何かを言わなければと思い
いうタイミングを計っていると

その時未亡人は手を止めずに ゆっくり こういいました

あなたの優しい所が好きよ

少年は なぜかイライラして
自分は優しくはない、あなたが街に行くことを選ぶとは思わなかった、
自分の幸せを自分で選べない人間は好きではない、
そんなことを言いました

未亡人はすると荷造りの仕上げをしながら

ちゃんと選んだのよ
と言いました

未亡人が官吏の乗ってきた馬車に乗り、少年はそれを見送ると
反対の道を歩き始めました

それから少年はまた随分歩いて
長く旅を続け
沢山の街を見た頃
いつしか青年になっていました

青年はある街を歩いているとき
もう旅をやめようと思いました

街の大通りをこのまま真っ直ぐ抜ければ
次の街へ繋がっているはずでしたが
青年は気がつけば薄暗い路地をくぐり
人けのない門をでて
青く影んだ街の裏通りを後にすると

乾燥して砂の舞う 荒れた路を
ためらいながら歩き出していました

半日ほど歩くと少し草木があらわれ
青年は木陰を見つけては 休みながら
ながらく人の通った跡のない路を辿りました

野原を越えると緑は深くなり
林は森になりまた野原になりました
そしてそれを幾度か繰り返して
青年は 微かに続いている人の足跡を頼りにすすみました

疲れ切った青年が顔を上げて見た野原の先に
静かに水面が光る 草原に囲まれた湖がありました

青年は湖で身体を洗い
焼けて温められた砂の上に抜いた草を敷いて
横たわるとすぐに眠ってしまいました

目覚めた青年は
数日かけて湖のほとりに小さな小屋を建て
それから誰とも話さずに暮らしました

青年は長い旅の間に やろうと決めていたことがありました

青年は小屋で生活しながら 手紙を書きました
誰に宛てるでもない手紙を
何枚も 何枚も 書きました

あなたがはなさずにいることは
あなたにとってのふこうではなく
ただわたくしにとってのふこうであります
もしあなたがはなしてくだされば
どれだけわたくしが しあわせであることでしょう

この手紙を
何枚も何枚も

この手紙だけを
何通も何通も

いつか 世界中のすべての人に送る為の手紙を

幾年月も経ったある日
ある青年が湖の底の
不思議な遺跡を見つけました。

遺跡からは何か
文字の書かれた手紙のようなものが見つかりました

青年はそれを大学に持ち帰り
機器を使って文字を再現し

それを論文として発表しました

彼の論文は一躍有名になり
彼の解読した手紙は一夜にして

世界中の人に共有されました

あなたのはなのさいずならばいえること
あなたのとってももこもこのはなは
ただわたくしにとってのこうふくであります
もしあなたがはなみてくだされば
どれだけわたくしが しあわせであることでしょう

論文タイトル
『古代人における鼻の大きさと美的感覚について』

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