月別アーカイブ: 2018年1月

あすのLIVE

あしたは尼崎のジャマーでカルテットです。

宜しくお願い致します。

静かな躍動のために、沢山練習して沢山弾いている自分

そんな自分を省みて

足りないのは何かと考える。

足りないのは「我慢」ではない。

では、「情熱」だろうか

それとも、「諦め」だろうか

あまり考えるのも良くないと思っているけど

それほど考えなくても行き着く。

意外と、足りないのは「悲しみ」だったりするかもしれない。

情熱と諦めと悲しみとを、自分が持たないはずがない。

それらは、特別な時に見えない場所から取り出されるものなのでもなくて、普段からどこへ行くにも背中に担いで持ち歩いているはずなのに

ビックリさせることがあまりに多すぎたせいか

もしくは、他者が、少しビックリする素振りを見せただけでおっかなくなった自分の若さがそうさせたのか

ある時からビックリさせるのが怖くなって、背中を見せないようにしていたような気がしている。しかしそれと同時に、これが俺の背中だ、などと、頼まれもせず見せて歩いたような気もする。

いろんな人と出会うときに、自分が、その人に真正面に立とうと頑張るような

または一周まわって背中の無力をみせることで代わりに相手の誠実を要求するような

自分の角度を調整することは、もうしないでいい。

ブログをやって、SNSをやって、学生に気を使って、お客さんたち、共演するメンバー、そんな人たちに、身体を向き直す、という文字通りでしかない誠実の代わりに、隙きだらけの背中は、誰一人前に立たないこの道をすすむ、素の自分だけにしか宿らないだろう。

なんて、素晴らしいことだ。