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うたごころはどこから

以前から、うたごころを大事にしようとする時、勝とうだとか、そんな気持ちがおおきな邪魔になるような気がしていた。

昨日聴いた、ヨーロッパのかたが来日されて、神戸ビッグアップルでおこなわれたクラリネットの三重奏の一日目は、その意味ではとても感銘をうけた。

それは、「最弱」であった。

楽器の其々一番効果的な、最大の表現力を再現することなどは眼中にないかのようで、

弱く、いじらしく、非効率であった。

それは、年端を重ねた大男が三人も集まり、三人揃って弱くいじらしく非効率であることを貫徹すること数十分、聴き続けることでやっと自分の身体に起こっている反応がそれであることを理解した、「音楽の楽しさ」であった。

なるほど!

僕はそれが「かろみ」であることにも思い至り、あたかも現代において意味という価値を拒否するかのような、音楽に感銘を受ける自分が居ることに、一層納得がいったのであった。

自分は、これからも自分の名付けたとおり、「かろみ」を盛り込んでいく自信を得たし、具体的なひとつの方法も得た。

そして、応援すべき表現、文化、教育、

そんなもの全てに「かろみ」があるかどうか、一つの基準にもなると改めて理解できた、いい機会でした。

感謝です。