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その一『寝ている』
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ベランダで 洗濯物を撫でる風は
自然の秒針に相応しく
不定期で絶え間ない 腹部鈍痛とシンクロナイズしていると
証明されるのも時間の問題か。
治りまっか
ボチボチでんな
過去と未来の会話が噛み合うことは稀
まさか質問より答えが先に存在するとすれば、、
結果は同じ。
可能なのは
視点を窓から天井へと移し
明るい空気からの反射よりも
比較的暗い天井からの反射光によって
話題を変えることだ。
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その二『寝られない』
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可能性は
その中心を議論するよりも
周辺が問題である。
可能性からもれるかどうかギリギリの、境界辺りが特に興味深い。
この話は
その、可能性の範囲から
もれた人々の話である。
という前置きは面白い。
もしくは、不可能性とのグループ闘争を題材にして
可能性の会長が不可能性に縄張りを分けてもらっていた事実を知った加納誠二の苦悩を
ここまで思いついたところで、突然猫が鳴いた。
いや、その猫はこのところ、いつも泣いている。
お母さん
お父さん
あんたー
お前ー
かねねーかー
アウグスチヌスー
なんと言って泣いているのか
それとも笑っているのか
私はベランダの窓を閉じた。
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その三『起きる気にはなれない』
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もう一度ベッドに横たわり
まだ冬用の掛け布団を胸から足元までかける
天井には、なにもない。
私はそれを再発見して
かすかに私の影を映している右側の壁の方へ身体を向けた。
壁には
子供が小さい頃に描いた
一筆書きの迷路
それに
私の人生でただ一つの自慢である簿記検定サンキュウの合格証書
そしてあるベーシストの写真
バリでなかば無理やりに買わされたが後で気に入ったダンサーの絵
オレンジ色の丸い時計
この時計
久しぶりに見たこの時計が指す二時四十六分は
私のなにを示すのだろう。
残りの人生なのか
子供の帰る1時間前か
昨日までの昼の演奏開始時間
ひょっとしたら
この腹痛の原因は
昨日までの連日のビール打ち上げか
右の壁に一つの答えがあったことを
誰が予見し得ただろう。
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その四『寝も起きもしない』
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返事をしたことは、ある。
猫に、だ。
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その五『誰も寝てはならぬ』
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プッチーニという名前がおかしい。
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その六『寝る時はいつも』
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小さい頃には、寝つきが悪かった。
何度も寝返りを繰り返して、結局決まった格好になる。
それはこうだ。
下を向いて枕は斜めにすると顔は自然な横向きを維持しやすくなり、
特定の部分の皮が伸びて
寝ている間に首が切れてしまうという心配が減る。
そして、祈りの始まりだ。
明日ちゃんと目が覚めますように、
大人にならないで済みますように、なったらちゃんとした大人になれますように。
祈りはあまり神に届かなかったが、神を信じていなかったのだから当たり前だ。
誰に祈っていたのだろう。
祈りながら、いつの間にか、何かが聴こえはじめる。
ザックザック
ザックザックザックザック
砂利の混ざった雪の道を
歩いて足並みを揃えて
ずっと向こうからやってくるのだ。
ザックザック
ザックザックザックザック
いま考えると
あの足音は、自分の心音であった。
静かに
枕に顔のほとんどを埋めて
子供は容赦ない自らの心音に怯える。
囚われのもの達が来る恐怖で
私はいつも泣いていた。
泣いていた。
ふと気づくと
さっきまでの猫は泣くのをやめて何処かへ行ってしまった
私はなんだかほっとして
気がつくと寝てしまっていた。
(2015/4/24)