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こと話すこと

長男はいま高校二年生で、

陸上部で走り込んで帰ってきた疲れた身体にかかわらず、学校の周りの雰囲気もあって受験勉強に勤しんでいる。

頑張ってることは十分にわかるので、うとうとしているのをみつけると風邪をひかないように毛布をかけたり、よだれを垂れていると写真を撮ったりして気を使っているつもりだ。

昨日は、塾にいくことにしたらしい話に途中から参加したのではじめは聞くだけしていた。

なんでも、家で一人で勉強して居ると、なかなか自分を褒められなくて、欠点や反省点ばかりが目について段々落ち込んでしまうので、これは人と一緒に勉強したほうが良いかもしれない、という結論になったらしい。

僕は、塾に行くのは、目的達成のためには本当にいいことだと思うので是非行くべきだと思うが、根本的解決にはなってないし、できたら他力本願でなくて落ち込まないためのシステムを自己完結させたほうがいいと考える、と話をはじめた。

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うまく行かないときに共通してるのは価値観の優先順位に問題がある、という点だ。

この話なら、中学生の一番自我が発達する時期に受験勉強で頑張らされてしまう日本人に共通の、

成果主義という価値観を、自分のアイデンティティという価値観に対して優先することを当たり前にしていることから起こる悩みだ。

成果主義よりも、人間自体の何かにより優先されるべき価値があることを認めればいい。

では人間の何に価値があるのか。

僕は音楽をやってきて気づいたことがあって、それは

素晴らしい演奏や芸術と、時に肩を並べるかのように存在する、

小さい子供が無邪気に出した声や仕草、弾いた楽器、描いた絵などに、とても感動することがある、という事実だ。

それが意味するのは、生命は、生まれた瞬間が一番価値を持つということなのだ。

そして、年齢を重ねるごとに失うそれを取り戻すために、人は勉強したり努力したりするのだ。

芸術は、生まれたことを賛美することであり、

誕生に回帰するために日々努力するのだ。

それに気づくと、生きてるだけで丸儲けなのも、自分に価値がないなどと考えることが間違いなのも、勉強したりすることの価値も、赤ちゃんが可愛いのも、ボケた老人が尊いのも全部辻褄が合うのだ。

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たまにこういった話を子どもたちとすることがあって

昨日はこんな話をして

長男がどうなっていくのかはまたこれからですが、そのあと妻が、僕の話をきいてテレビで見た話をしだした。

亡くなられた樹木希林さんが、かの内田裕也氏となぜ別れないのかについて話していたと。

インタビュアーが、樹木希林さんになぜ別れないのか聞くと

私にはたった一つ怖いことがあってそれは何かというと

あんな不道徳な人間ですが、ゴミを掻き分けて行くとあの人の心の中に綺麗な鏡みたいなのがあって、そこに映った自分が一番恐ろしかった。

自分の姿をまざまざと見せられる、そういう男は私にとってあの人しかいない、

と話していたと。

僕は感動して、俳優になる、もしくは不道徳をつらぬく等、間違った衝動に耐えながら、

人の価値とは、やはり一言では言えないものだなぁと思った。

今日は僕の誕生日なので

丁度いい話題をブログに書けて嬉しいです。

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ちなみにいまスケジュールアップしてません。さぼっているというか

新しいスタイルの楽器に移行中で、積極的に周知するのをためらっています。

フェイスブックでは周知できることが多いですが、

新しい楽器で演奏し始める暁には、またライブスケジュールこちらにあげていきます。

また応援宜しくお願いいたしますm(_ _)m